泣きながら生きて
ここの滝、昔は車が2、3台止めれる程度の駐車場しかなく、地元の人しか訪れないような場所で、
とても好きな場所だった。
深い谷で昼間でもほとんど日が射しこむことがなく、初めて訪れたときは恐ろしさを感じるほどだった。
20年前に初めて、この滝を訪れたとき、一人の女性が岩に座り込んで、じっと滝を見つめていた。
人が居たら気が散るなと思い、写真を撮るべきか女性が去るのを待つか躊躇していると、
「ごめんなさいね。邪魔ならどきますので。」と女性が微笑んだ。
「ぜんぜん大丈夫ですよ、すみません。」
しまった気持ち見抜かれたと、あわてて三脚をセットする。
横目で女性をちらちら見ていると、繊細で透き通るような白い肌は、
一度も外出したことのないような印象を受けた。
シャッターを切るけど気持ちが入らず、今日はあかんなと片付けようとしたとき、
「どこからいらっしゃたんですか? ここは地元の方が訪れる程度の場所なのに、
よくわかりましたね」と、声をかけられた。
「写真撮りにあっちこちふらふら周ってますので。」と、答えると、
女性は寂しそうにうつむいて、
「私、ある病気で入退院の繰り返しばかりなんです。
でも、この場所に来て、ここに座って、じっとこの滝見てると、滝の気を感じるというか、
とても気持ちが落ち着いて、生きて行こうというチカラを滝から与えられてる感じがするの。」
私は、その言葉と涙に、女性の死の影を感じてしまい、返す言葉が見つからなかった。
あの女性と出会ってから、私は自然には一木一草、岩、森等のどんな物でも、
気というか霊魂みたいなものが宿っていると信じるようになった。
なので、自然を写すときは心を落ち着かせ、なるべく気を感じるよう努めた。
近年、この場所は、すっかり観光地化されてしまって、ひっきりなしに観光客が訪れる。
ゆっくり滝の前で気を感じることは難しくなったけど、ここを訪れる度に、あの女性のことを思い出す。
2012-05-06 04:00